沖縄 写真

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沖縄と写真

沖縄と写真、それは切っても切れない関係である。なぜなら沖縄は、この日本で唯一地上戦が展開された地であり、それを沖縄戦と呼び、日本で唯一沖縄戦集結の6月23日を沖縄慰霊の日として、特例措置の下、全ての沖縄県民の公休日となっている。その沖縄戦が展開されてから沖縄戦が集結するまでの模様を米軍に従軍して写真を撮る人が写真を撮り、幾千もの沖縄戦の様子がドキュメント写真としてこの
世に存在し、また日本の敗戦後、戦争から戻った沖縄の写真を撮る人たちはこぞって焼け野原から復興していくドキュメント写真を撮り続けた。終戦直後の沖縄の写真を撮る人は、米軍からいち早くコダック社のカラーフィルムを入手し、カラー写真を撮影していた。現在でもコダック社のフィルムで撮られる写真が多いのも、この影響なのであろう。沖縄は焼け野原が幻であったかの様に見事に復興を遂げた。その後、日本の著名な写真を撮る人である東松照明、三木淳等が沖縄の魅力に引かれ、沖縄の写真を撮り続け、その沖縄の写真を日本で発表していった。また沖縄でも写真を撮る人が有名になっていき、平良孝七、山田實、比嘉良二、石川真生等現在に至っている。今でこそ沖縄は、青い空エメラルドグリーンの海というイメージの写真が多く撮られ、沖縄旅行に来る人たちもまたそういう写真を撮りたがるのだが、やはり沖縄の写真の原点は戦争から始まったと言っても過言ではないと思う。沖縄は一大リゾートとなって久しい。観光立県として成長する事を選んだ沖縄は、その象徴である青い海やグリーンの海の写真を撮らせることを提供してきたが、その後リゾートから離れ沖縄人の生活圏で、沖縄人と同じ生活をするという旅行と二分化し、沖縄人の生活圏の写真が増えてきた。ここ最近はその現象が更に分化して沖縄移住という選択が加わり年間約2万人もの沖縄移住者が存在する。このことは沖縄の生活を更に深く掘り下げる写真もでてくるであろう。それは我々沖縄人が見えない部分を拾ってくる写真になることも期待され、沖縄の写真を撮る沖縄人にとっても刺激となる写真であることは間違いないだろう。沖縄と写真の関係は、沖縄がリゾートとして名を馳せた時は青い海など「写真を撮らせる」沖縄であったのに対し、移住という形で沖縄人の生活圏に入ってきた日本人は明らかに沖縄の「写真を撮る」という積極的な姿勢で沖縄を掘り下げ、更に沖縄を愛する人たちの意識を刺激し、またそういう沖縄の写真も増えることを期待して止まない。
私と写真の出会いは、父の趣味が写真であったこともあり、幼い頃から写真が身近にあった。小学校に上がる頃には誕生日やこどもの日、クリスマスになるとカメラをせがむ程だった。さすがに6、7歳の子供にカメラなどを買い与えるなどという非常識な親ではなく、極普通に拒否をされていた。しかし、いつまで経ってもカメラをせがむバカ息子が10歳になったとき、父親は自分の一眼レフカメラを好きに使わせてくれるようになった。それからはフィルム代・現像代で親のすねを存分にかじりながら、写真を撮りまくるようになった。とはいっても、小学生が撮る写真である、非常にくだらない写真ばかりであったのだが、父親はそんな写真にも文句ひとつ言わず、すねを差し出してくれた。日曜日や休日に家族でドライブをする場合にも、私はカメラを必ず持っていき、父親に絞りやシャッタースピード等の手ほどきを受けながら写真に更にのめり込んでいった。そしてくだらない写真をえんえんと撮り続けるのである。高校に合格した時初めて自分のカメラを買ってもらった。そして本格的に白黒写真の現像・プリントを自分でするべく、小遣いやアルバイトなどで貯めたお金で引き延ばし機を買った。撮った写真がフィルム上に白黒の反転画像として定着され、それを印画紙に焼き付けるとシャッターを切った瞬間の写真が浮かび上がってくる様は心躍る瞬間だった。ある日猫の写真を撮った。その写真を友人に見せると、写真の雑誌に投稿してみてはどうかと言われた。写真の雑誌に投稿した。その写真は4等になった。撮った写真が初めて評価された。ますます写真にのめり込んだ。沖縄の二科展に出品した写真は秋山正太郎に褒められ、有頂天になった。高校3年間写真を撮ることに明け暮れた。東京に進学した。卒業後もしばらく東京にいた。計7年間。その間写真はほとんど撮っていなかった。今にして思えば東京で写真を撮らなかったことが非常に悔やまれる。沖縄に帰って来てからは、また写真を撮りはじめた。ある写真の展覧会に出品した写真で1等賞になった。また別の写真の展覧会に出品した写真で2等賞になった。沖縄の写真の展覧会全てで賞をもらった。全国の写真の展覧会に写真を出品してみた。1等賞になった。なぜカメラマンにならなかったのかと良く聞かれる。私の答えは、好きな写真、撮りたい写真だけを撮っていたいから。写真を仕事にすると、嫌な写真も撮らされる。写真を撮っているときが一番リラックスしている時間であるのに、それでストレスを溜めたくない。これからも私は写真を撮り続ける。私のカラーで。
そして、惜しげもなく10歳の子に一眼レフを与えた父親に感謝である。歳をとった父の一番の楽しみは、私の写真が写真の展覧会で飾られ、私の写真が個展会場で飾られるのを見ることらしい。

沖縄とは 写真

沖縄は東西1,000km、南北400kmに散在する島々からなり、日本で唯一の亜熱帯地域として特有の自然環境を有しています。そのため色も原色が多く、写真を撮る時も原色発色に優れている外国産フィルムが適している様に思えます。そして沖縄が琉球と呼ばれていたその頃、中国をはじめ韓国、東南アジア、果てはペルシャ(現在のイラン)等の国々との交流・交易を交わしていました。そのため沖縄は、沖縄独特の風習・風俗・文化を持ち、日本の中でも異国のような雰囲気をあじあわせてくれます。独特の雰囲気は写真の材料としても希少であり、写真を撮るにも楽しみがたくさんあります。この沖縄が癒しの島といわれる所以も、そのような独自の歴史で培われたものでしょう。
では、沖縄に癒されると感じるのはどのようなことなのでしょう。

癒しの時間 写真

沖縄は時間の感覚が違う 写真
沖縄は時間の流れがゆっくりしてるといわれます。悪く言えば時間にルーズなのですが、沖縄の人は慌てるということにそれほど意味がないと考えています。これは沖縄独特の考え方なのですが、"テーゲー主義"という考え方があります。"テーゲー"を漢字に直すと"大概"と書きますが、大体・たいてい・適当・ほどほど等の意味を持ち、きっちり決めるということを"佳し"とせず、余裕をもってものごとを判断することが人間関係・社会環境をよくするものだと思われています。これも沖縄が大陸との交流を交わすことによって養われたのかもしれません。こういう考え方が、癒しとつながるところも少なからずあるでしょう。そして写真を撮る場合、絶対色温度というものが写真の発色に大きく関係してきますが、日本と違って日射しが強いため、写真を撮るための絶対色温度の時間帯に大きな差があります。日本の場合写真が綺麗に発色する時間帯は、午前10頃から午後3時頃までといわれていますが、沖縄で写真が綺麗に発色する時間帯は、午前9時頃から午後5時頃までになります。夏には午後の8時頃までキャッチボールができる程明るいのですから、写真が撮れる時間帯が長くなるのも無理はないでしょう。

言葉の癒し 写真

沖縄独特の言葉 写真
沖縄の方言・イントネーション等は独特なものがあります。沖縄の言葉は外国語のようだといわれますが、方言の単語等は古語がそのまま使われおり、学生の時習う古文を読む場合、沖縄の方言に直して読むと同じ単語がいくつも出てきます。沖縄の方言は現在では使われなくなった単語が残存し、上記の"テーゲー"のように漢字に直すと意味が通じるのですが、発声の仕方が違うために理解できないという現象が起こります。この理解しづらい沖縄の言葉や独特のイントネーションを聞くことによって、沖縄に訪れると、国内であるにも関わらず外国に来ているような感覚が現実から解放される錯覚を覚えることもあるでしょう。このことも癒しに関係するのかもしれません。沖縄では写真のことを「さしん」と言います。「しゃ」という発音が沖縄の方言の特性上余り得意ではないからです。

色の癒し 写真

沖縄 の色 写真
私は写真を撮るということを通して沖縄 の色というものが日本で撮る写真の色とはかなり違うものだと感じています。温帯の日本には四季があり日本の写真が淡いパステルカラーで表現されるものが多いことに対し、亜熱帯の沖縄は明確な四季はなく、沖縄で撮る写真は原色に近い色で表現されるものが多く感じられます。特に沖縄の海と空の青は、写真に写さなくとも独特な色合いで目に飛び込んで来ることでしょう。ここ沖縄にしかない色を目にすることまた写真に納めることで、癒されると思うことは多々あると思います。

沖縄の食材・食事 写真
近年沖縄の食材・食事は健康によいと多くのメディアで報道されています。沖縄の調理方法は中国の流れをくむものが多く、日本食のそれとはだいぶ違うものになっています。食というものは人それぞれ好みが違うので、必ずしも万人に受け入れられるとは思いませんが、沖縄食は健康という名目で人々の心を揺さぶっている部分は多々あるでしょう。そして沖縄食を食べることによって健康になると思うことも癒しにつながるのではないでしょうか。この頃は旅雑誌などでも良く目にするのが、色鮮やかな魚が並んでる市場の写真とか、沖縄料理の写真とかがあります。写真で見る限りはこんな色の魚が食べることができるのだろうかとか、沖縄料理は脂っこそうとか思われると思いますが、写真で見るよりまずは食べてみましょう。美味しくてつい写真を撮りたくなると思います。

沖縄の音楽 写真
最近は沖縄出身のアーティストも多く、そこから沖縄の音楽につながって行くことも少なくありません。沖縄の音階を多用した楽曲なども、沖縄出身アーティストに限らず使用しており、また、沖縄特有の楽器三線(サンシン)を使用しているアーティストもいます。その影響からか、沖縄民謡などに興味を持つ方々も増えています。沖縄から本土に移り住んだ人や、学業のため本土に住んでいる学生たちも、沖縄に住んでいる時はほとんど聞かなかった沖縄民謡や沖縄 三線の音色なども懐かしくなり、つい沖縄三線や沖縄民謡などに耳を傾けてしまうそうです。この沖縄音階は沖縄独特のものであり、一度聞けば沖縄を連想するものです。このようなゆっくりゆったりした沖縄独特の沖縄音階を聞いて、沖縄の海などを想像することも癒しであり、また実際沖縄に来て生の沖縄三線の音色を聞くことで更に癒されるものと思われます。依然私の家の近くにアクターズスクールがあり、安室奈美恵などが近くをうろうろしていました。その頃に写真でも撮っておけば希少価値になったかもしれません。

沖縄の気候 写真
沖縄は周りを海に囲まれた小さな島であることから、日中は海水が温められ上昇気流ができるため、陸地の植物や、日陰などで冷やされた空気が海へ流れ込む風の流れができ、夜は逆に海から陸へと風が吹きます。これは年間平均気温が高い沖縄では年中この流れが多く、従って沖縄は常に風が吹いていることになります。夏場の沖縄は日陰に入ると涼しくて良いのですが、冬場の沖縄はこの風のおかげで体感温度がぐっと下がります。沖縄は常夏だと思われる本土の方も多いようですが、意外に沖縄の冬は寒いものです。ただ、沖縄での日中の気温は15℃を下回ることが年に数回しかないので、過ごしやすい方でしょう。このことから沖縄は、屋内に籠もることにはならず常に行動できる環境にあると思います。沖縄のこの気候も行動しやすいということで、ストレスをためにくくしている要因ではないでしょうか。これも沖縄の癒しの一つでしょう。沖縄は亜熱帯地域なので一日の天候が変わりやすく、スコールなども珍しくありません 。写真を撮る場合は、突然のスコールからカメラを守るために必ずカメラバッグを持ち歩くことをお勧めします。天候が変わりやすいということは、写真を撮る材料にも多様性があり、写真を撮る楽しみが増えるということでもあります。
沖縄の癒し及び写真についてとりとめなく書いてみましたが、沖縄 癒し色空間 Domaniでも写真を楽しんで頂き、またそれによって癒されると感じて頂ければ私にとって何よりの励みになります。

沖縄の祭りと行事 写真
沖縄の祭りや年中行事はほとんど旧暦で行われます。ですから沖縄のお盆は毎年日にちが変わります。これは古来から沖縄と中国の関わりが深く、中国と沖縄が貿易を通して中国に訪れた際に、仏事・神事を学び沖縄に持ち帰ったことに由来します。沖縄でメジャーな祭り・行事の一つに「ハーリー(ハーレー)」がありますが、これは豊見城王子が中国に留学した際に持ち帰ったものといわれています。しかし沖縄は東西に広く島々が分布しているため、学んできた祭り・行事を沖縄の隅々まで浸透させることができなかった祭り・行事もたくさんあり、「清明祭」などは宮古島以西には伝わっていません。沖縄の祭り・行事は日本には存在しないものが多く、沖縄の写真愛好家にとっては絶好の被写体でありました。そのため、古くからドキュメントとしての価値を持った写真がたくさん撮られています。また、日本の写真家達も沖縄の祭り・行事に魅せられ、三木淳や東松照明などが沖縄に滞在し沖縄の祭り・行事の写真を残しています。しかし、残念なことに近年は祭り・行事の後継者がいない、祭り・行事のしきたりの煩雑さが時代にそぐわない等の理由で、昔ながらの祭り・行事が簡素化されつつあることも事実です。沖縄にしか存在しない行事・祭りはそのままの形で残したいものです。